松山三四六はモノマネタレント!不倫疑惑の女子アナは目黒清華って本当?

松山三四六
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参院選長野選挙区から出馬している、自由民主党新人の松山三四六さん

肩書きはタレントということですが、どのような活動をしているのでしょうか。

そこで今回は、松山三四六さんのwiki過去の不倫疑惑妻・子供について調べてみました。

目次

松山三四六はモノマネタレント!

松山三四六さんは、調べてみるとモノマネタレントでした。

1992年、明治大学在学中に『史上最強モノマネバトル大賞』の素人選手権に出場し、見事優勝して吉本興業に入社しました。

当時は、「松山三四郎(まつやま さんしろう)」という名前で活動していて、松山千春さんのモノマネが得意でした。

松山千春さん本人から、「松山」という名前をもらう

柔道小説『姿三四郎』から「三四郎」という芸名を付けた

当時を振り返り、松山三四六さんはこのように語っています。

「クラスで一番人気者だったし、この世界でもやれるはず。売れるはずという確証があったんでしょうね」

引用:スポーツ報知

しかし、なかなか売れず、モチベーションも保てなくなり、「もう、いなくなってしまいたい」と考えるまでになってしまいます。

そんな中、前を向くきっかけになったのは幕内初優勝を飾った若乃花の言葉でした。

「もっと稽古をしていかないといけない」

その全くおごらない姿に感化され、1994年に吉本興業を退社

2022年現在は、モノマネタレントというよりはラジオを中心に活動しており、信州でラジオを20年以上担当しています。

松山三四六のwiki経歴

松山三四六

松山三四六さんのプロフィールについてはこちらです。

名前:松山 三四六(まつやま さんしろう)

本名:秦 光秀(はた みつひで)

生年月日:1970年7月9日

出身地:東京都墨田区

所在:長野県在住

江戸川区立第七葛西小学校卒業

明治大学付属中野中学校卒業

明治大学付属中野高等学校卒業

明治大学法学部法律学科卒業

  • 小学生のころ相撲の全国大会で小学4年~6年まで3連覇
  • 中学からは柔道に専念し、のちの世界柔道金メダリスト・中村佳央を破って全国大会優勝

幼いころからすごい経歴の持ち主ですよね。

しかし、19歳で半月板を損傷し、柔道はやめてしまいます。

その後、1992年にテレビ番組出演後、吉本興業に入社して、1994年には退社し、ラジオを中心に活動していました。

  • 1994年 オールナイトニッポンパーソナリティでラジオパーソナリティとしてデビュー
  • 1998年 TOKYO FMの「エモーショナルビート」パーソナリティを担当
  • 2001年4月 FM長野「346 GROOVE FRIDAY」メインパーソナリティを担当
  • 2001年4月~2003年9月 全国ネットラジオレギュラー番組を担当

ラジオ以外でも幅広く活動しており、本に関しては、調べた限りで4冊は出版していました。

  • 長野大学社会福祉学部客員准教授に就任
  • 『クマンバチと手の中のキャンディ』を出版
  • 世界柔道選手権大会の解説
  • 歌手活動

2019年の世界柔道選手権の解説では、SNSで話題なりました。

松山三四六と不倫疑惑の女子アナは目黒清華って本当?

松山三四六

幅広い活躍をしている松山三四六さんですが、不倫疑惑がありました。

「2人は頻繁に一緒に飲み、Aアナは三四六さんの東京のライブにも顔を出すなど、親密ぶりが際立っていました。不倫疑惑が広がる中、Aアナはメンタルの不調を理由に長期休職。2020年10月から何の説明もなく担当番組から突然消えたため、視聴者から心配する声が相次ぎました」(局社員)

引用:文春オンライン

この「Aアナ」の情報がこれだけ出ていたので、その条件に合うのが、目黒清華さんと言われています。

松山三四六さん本人は、この不倫報道については事実無根と否定しています。

「事実無根です。Aアナのご両親と昔から仲がよく、それでAアナとも毎週金曜日に芸人さんなどを交えて悩みを聞いていた。それを男女関係という人がいたのでしょう。でも、僕は他の女子アナにもご飯たべさせたり、困った時には車を貸したりする。色々言われたので、女房とも話し、わかってくれた」

引用:文春オンライン

幅広い活躍をしている松山三四六さんですから、人よりも人生経験は豊富です。

あらゆる方面からアドバイスができるし、話すことも上手なので相談する人も多かったのでしょう。

松山三四六さんは否定されていますし、真相はわかっていません

松山三四六の妻や子供は?

松山三四六

松山三四六さんは、1998年に女優の網浜直子さんと結婚しています。

松山三四六

  • 名前:網浜直子(あみはま なおこ)
  • 本名:秦直子(はた なおこ)
  • 生年月日:1968年8月12日
  • 出身地:兵庫県神戸市灘区

1984年、ミスセブンティーンコンテストで松本典子さんとダブルでグランプリを受賞

1992年、同じ事務所の飯島直子さんと「W-NAO」を結成

網浜直子さんは、歌手やドラマ、映画でも活躍していました。

松山三四六さんとは、「ものまねバトル大賞」での共演がきっかけです。

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子供は、七伎(なおき)君と峻馬(りょうま)君という男の子が2人いて、現在は大学生とのことです。

網浜直子さんのインスタグラムには長男の写真が載っていましたが、体つきがしっかりしていて、イケメンですよね。

息子2人とも柔道をしているということなので、今後の活躍に注目していきましょう。

まとめ

2022年参院選・その他の経歴が特殊な候補者をチェック↓

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